これは今話題の猫レストラン「またたび」に行ったときの体験である。

しかたがないので入ってみることにした。

私たちが注文を決めたときには既に定員さんは寝ちゃっていた。
その後、店長が戻ってきて彼らをしっかりしつけたそうな。
まだ働いてるかな?
今日は駅から家まで歩いて帰ることにした。
家は最寄の駅からとっても離れていて、車で20分、タクシーだと3000円かかるところだった。
自転車ですら1時間くらいかかるところ。
健康のため?
息のしやすい道を選んで、歩いた。
車はスピードもあるし便利だけど、とことこ歩くといろんなものが目に入ってきた。
音もにおいも、動く箱の中じゃ感じられないものをいっぱいみっけた。
細い道大好き。寄り道大好き。
ただいま。

はい、おみやげ。
お父さんは見たの。せっかくわらぼっちを整えたのに、つぎの朝見ると、そこには猫でもない、犬でもない、尻尾の太い狸が寝てたの。
お母さんは見たの。夜、庭に出たら、4匹の家族の狸がのそのそ通り過ぎた。
父が柿を採ってくれるから屋根の上に登ったら、そこには鳥のものでもない、人間のでもない、狸のウンチがあった。
とうとうタヌキさんに会いました。近寄ってみると、毛が浮浪者みたいでした。弱弱しくて、地肌が見えてて、なんだかかわいそうに思えました。
私の家の周りは私の家を残してどんどん新しい住宅ができています。google map で見ても、私の家の土地しか緑がないことに気づき、なんだかさびしい気持ちになります。まわりは簡素な工業住宅地。我が家はそのひっそりと取り残されたような鎮守の森の中にあります。タヌキさんはやっと住処を見つけたようです。
でも、うちの猫と仲が良くないのかな。ケンカしちゃったみたい。うちのハナちゃんのお尻の毛がなくなっちゃった。。
このコピーと複製技術時代が始まったとき、オリジナルの物がもったその瞬間的なオーラ(アウラ)の消滅と芸術作品の大衆化を危惧した時代があった。デュシャンMarcel Duchampは1917年に「泉」という作品を発表しました。それはただトイレに署名を書いただけ。

過去の美術作品を「引用」したうえでアレンジを加えた作品、あるいは創造するのではなく既成のイメージを「複製reproduction」した作品を発表し、デュシャンの斬新さは芸術作品の視覚的なイメージと大衆の感覚に決定的な影響を与えました。
これはアムスのカフェで見つけたトイレ。
vivid colourを使っていてとっても可愛いトイレ空間。

さてと、用を足すかな。

ん!?痛いじゃないか!

だれだ、こんな所に画鋲を置いたのは。
油断のできないトイレでした。